モットー「感性とロジックの統合」

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このブログで最初に書きたいのは、「山崎翔平とはどのような人間なのか」ということです。

簡単な経歴についてはプロフィールをご覧いただくとして、ここでは私が大切にしているモットーと価値観についてお話ししたいと思います。

私が大切にしているモットーは、「感性とロジックの統合」です。

私は、山崎正和さんの『柔らかい個人主義』という本が好きです。その冒頭には、次のような一節があります。

ひとつの時代の曲がり角は、いったいそこからどれだけの時間的な距離をおいたとき、その真の意味を見始めるものだらうか。われわれが現代をひとつの時代として捉へ、その歴史的な特色の始まりを考へようとするとき、つねにわれわれの心をかすめるのはこの不安な疑ひである。

われわれはリズムを知るために、そこから遠い距離をとる必要はない。それどころか、リズムといふものはわれわれがその渦中にあってこそ、その全体像も、内部におけるわれわれの位置づけをもつかみうるものである。同時代史を書くために、ほんとうに必要なのはこのリズムを捉える感覚なのであって、それさへ働けば、時代変化の意味を知るのに十年の時代を生きれば十分だ、といへるかもしれない。

山崎正和さんほどの知性には到底及びませんが、私もまた、現代という時代の渦中で生きながら、その大きな流れを見失わずにいたいと思っています。

私なりに大局から現代を眺めると、この時代はロジックや効率性が重視される一方で、人間の感性やヒューマニティが置き去りにされつつある時代のように感じています。

別の言い方をすれば、高度に文明化され、インターネットによって密に接続された社会システムは、本来、人間の生活を豊かにするための道具であるはずでした。しかし今では、人間がシステムを使いこなすのではなく、評価指標やアルゴリズム、SNS、効率性といったシステムの論理に、人間の思考や行動が少しずつ最適化されているように見えます。その結果として、人間本来の感性やヒューマニティが薄れてきているのではないかと私は感じています。

その中でも、私が特に気になっているのは、多くの人が、年収、学歴、社会的地位、容姿、売上といった様々な「指標」と、自身の価値を強く結び付けてしまっていることです。

本来、指標とは目的を達成するための道具に過ぎません。しかし現代では、それらを活用するのではなく、自分の価値を証明するために追い求めてしまう場面が少なくないように感じています。

もっとも、これはある意味では自然なことなのかもしれません。指標は客観的で比較しやすく、成果を測る上で非常に便利です。その便利さゆえに、私たちは本来「手段」であったものを、いつの間にか「目的」へとすり替えてしまいやすいのです。

私は、競争や指標そのものを否定したいわけではありません。むしろ、それらは成長や挑戦を支える優れた道具だと思っています。だからこそ、自分の価値と切り離した上で、それらを自由に使いこなせるようになることが大切なのではないでしょうか。

自己価値と指標を切り離すことができたとき、人は本来の感性やヒューマニティを取り戻し、自分らしく挑戦や競争を楽しめるようになる。私はそう考えています。

これが、私の考える「感性とロジックの統合」です。

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